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東京バレエ団 祝祭ガラ - 2014.09.02 Tue

  
子供の頃からバレエは大好き。
でも生で見るのは、2008年に兵庫県立芸術文化センターであった
シュトゥットガルトバレエ団の「眠り」を観て以来。

まぎれもなく今世紀最高のバレリーナのひとりであるシルヴィ・ギエムの引退報道を受けて、
客演の彼女目当ての客(含ワタクシ)でチケットが手に入りにくかったところ、
同級生の恵さんから「関係者席放出してるわよ!」との一報が入っった。
早速フェスティバルホール会員の彼女に席を押さえてもらったラッキー俺!(* ̄∇ ̄*)


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仕事を早引けしてきた恵センセーと開演前に軽くパブ飯。
…いやだってギエム様中にお腹が鳴ったり餓死したりはマズイですし(´・_・`)


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新生フェスのホールに入るのは初めてのワタクシを導いて下さる恵さんとは、
間に二つ席が空いちゃってたんだけど、二回目の幕間後も不在だった彼女の隣席は、
もう終演まで来ないと見越して、途中でちゃっかり移動。

いやいや、やっぱり巧い人は巧い。
ローザンヌでスカラシップを取った上野水香も、
オネーギンの短いパ・ド・ドゥを踊った吉岡美佳も、明らかに段違いに巧い。
なんだろう、浮き立って見えるような巧さなんだー。


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でもってギエム様。
正直、最初はどうしてもジョルジュ・ドンの『ボレロ』と比べてしまった。
だってね、ドン様のあの逞しい、筋肉の動きが全て読み取れるような踊りが
あまりにも印象が強くて、現代的な男性の中性美ではまったくない、
泥臭い、骨太な、しかし逞しくて強烈なイメージがあったワケですよ。
ボレロ、ってものに。


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でも、ギエムの踊りは違うのだ。
美しいのです。ひたすら。なんだろうあの身体の美しさ。
足の甲の曲がり方。細くてしなやかな太腿と、無駄なモノをそぎ落とした上半身。
円形の台の上で、彼女の身体がとてつもなく大きく見える。
そしてご存知のように音楽が盛り上がるにつれ、圧倒的な流れに引きずりこまれる。
終わったあと、ただただため息しか出ない、感情の揺さぶられ方をした。
素晴らしいダンスだった。


でもねぇ、恵さんと言ってたんだけどね。
オケのね、ホルンがね……コケたのよね……(TT)
ダメでしょそれ。ボレロでホルンがコケちゃあかんでしょ(泣)
わーんいいとこだったのにぃ~!(T▽T)って感じでした。

しかしいいものを観ました。
やっぱボレロは生ものなんだね。うん、素晴らしかったです。


東京バレエ団 創立50周年 祝祭ガラ


      
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るろうに剣心 京都大火編 - 2014.08.06 Wed

    
おひとり様で行ったのだ!!

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実は原作未読。
そして映画第1作も、この前の週末にTV放映していたのを観たのが初めて。
…たけるんファンなのに、実は彼の出演作品はごく少数しか観ていないのである。

でもこれはねぇ…。
もちろん評価が高いのは知ってたけど、TVで観て驚いた。
お金も手間もかかってる。
そして俳優陣もすごい。
こりゃ2作目観に行かなきゃダメだ!と思い立った翌週の水曜日、
レディスデイにひとりで鑑賞と相成ったワケでして。

わかっちゃいたけど、佐藤健の演技は素晴らしい。
彼の目ヂカラと片頬、佇まいの芝居の巧さに、唸らされてしまった。
なんだろう、彼は現代劇より時代劇の方が光を放ちますね。
剣心の普段のトッポさとたどたどしい言葉遣いが嘘くさいなぁと思っていたら、
逆に怒りに駆られた時の低音と底冷えするような視線の冷たさにゾクゾクさせられる。

なにより素晴らしかったのが、エンターテインメントとして普通に面白い映画だったこと。
原作マンガを読んでいなかったので、まったくストーリーもキャラクターも知らずに
第1作を観ながら、それまでの様々な実写化作品を軽々と超えていると思った。
実写化映画の多くは、原作ファンを落胆させないように腐心するか、
あえて原作をイメージの源としてだけ捉えて新しいものを作るか、
どちらかに振って、結局映画として面白くない気がする。
ワタシはこの原作を読んでいないから、どの程度マンガが面白かったのか、
どの程度原作に忠実に描いているか、そういうことは一切わからないのだが、
単純に映画として観たとき、本当に面白いと思った。
レディスデイ1100円分、しっかり楽しませてもらいました(笑)

で、佐藤健、蒼井優、青木崇高、伊勢谷友介(と、1作目は香川照之も)…
ってやっぱ龍馬伝キャストですかぃ大友カントク、と思っていたら、
ラストに御大が(笑)
きゃーっっもう!来月公開の『伝説の最期編』も観なきゃダメーっ(≧∇≦)

       

宝塚歌劇雪組公演『一夢庵風流記 前田慶次』 - 2014.06.22 Sun

    
金曜日は宝塚へ行った。
いつも誘ってくださるお姉さま方と、開演前に待ち合わせて
花の道のあしんへ。

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ここは岡山のJAあしん(新見市)が経営する産直ショップと、千屋牛の焼肉レストラン。
ランチタイムは焼肉のみならず、トンカツやハンバーグ、
チキン南蛮のセットなどもある。
お肉が美味しいのは当然として、野菜もすごく濃い味で旨い。
ちなみにご飯は食べ放題。


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さてお腹もいっぱいになったところで、いよいよ大劇場に乗り込む。
お姉さま方の優雅な?後ろ姿とともに、大劇場の入口写真など。
いつもここに入るのはワクワクするのだ(^▽^)


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本日の演目は、『一夢庵風流記 前田慶次』。
雪組トップ男役である壮一帆さんのサヨナラ公演である。
あ、サヨナラ公演てのは、退団公演のこと。

壮さんの舞台はそれほどたくさん観ていないけれど、
とてもとてもお歌が上手で、だけど男役としてはちょっと背が低くて、
でも和物の立ち姿がとても綺麗、という印象がある。
これで辞めちゃうのか~…惜しい。

最近の宝塚トップさんは、トップになって一年か二年で辞めてしまう流れになっている。
現在ワタシの最愛の、宙組トップ凰稀かなめさんも、
今年の年末の大劇場公演、年明けの東京公演を終えると、2年半のトップ在籍で退団してしまう。
なんなんだろうこのお約束。
せっかくいいトップに育っても、辞めなければならないような雰囲気になるんだろうな…。
その中で2009年からずっとトップを張っている柚木礼音さんは、
劇団が手放したがらない、つまり本当にすごいワケだ…。

閑話休題。
『一夢庵風流記』というのは隆慶一郎作の小説で、例の漫画『花の慶次』の原作でもある。
実はそれほど期待していなかった今回のこの舞台、思ったよりもずっと骨太な史劇であった。
宝塚らしく恋愛っぽい部分があるにはあるが、それにしては生々しい男女の事後(笑)を描いているし、
最後に別れてしまうのも”らしくない”。
なんといっても馬がすごい(笑)下級生が二人、被りっぱなしで壮さんを乗せるのだ。
うん、面白かった。

そしてショーも、さすがサヨナラ公演とあって、お衣装が豪華。
フィナーレでは女役全員が羽を背負っていたし、
トップ・娘役トップ・2番手の三名の羽がいつにも増してすごかった。
特別予算がついたんだろうねぇ…と、お姉さま方としたり顔で話していたワタクシであった(・_・)


      

マイヤーリング - 2014.01.25 Sat

…と、書くのに抵抗があるのだ、実は。

Mayerlingはオーストリアの小村の名前で、
ドイツ語読みをより近いカタカナ表記にすると
「マイエルリンク」または「マイヤーリンク」となる。
少なくとも「リング」ではないので、元の地名に親しんだワタシにとっては
スマホの液晶の曇りを拭きたくなるような気持ちに駆られてしまう。



で、マイヤーリンク(←こだわるヤツ)とは何か。

主人公は、ミュージカル『エリザベート』にも登場した
オーストリア=ハンガリー帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と
皇后エリザーベトの長男として生まれた、ルドルフ皇太子。
まさに絵に描いたような理想家で甘ちゃんの彼が、
父皇帝への反感や政治的信条の対立などから孤立し、
放蕩の挙句、妻ある身で男爵令嬢マリー・フォン・ヴェッツェラと
射殺死体で発見されたのが、マイヤーリンクの狩猟別荘とされている。

この事件を元に後世、フランス人作家クロード・アネの手によって
皇太子と若く美しい男爵令嬢の悲恋を描いた『うたかたの恋』という小説が書かれ、
またこの小説を原作として数多く映画化・舞台化がなされている。
ワタシも夢見るオトシゴロだった昔に原作を読んだり、
宝塚歌劇の舞台に夢中になったものだ。



ルドルフの死の真実の解明には諸説噴出している。
まずはロマンティックな悲恋小説のモチーフともなった恋ゆえの心中、
八方塞がりの状態に絶望したルドルフがマリーを道連れにした無理心中、
ルドルフの反プロイセン・反ビスマルク的言動に危機感を抱いたドイツ帝国側による暗殺、
それを理由に対ドイツ政策が窮地に陥ることを回避するためのオーストリア政府による謀殺と
様々な"背景"が考察されているが、未だその謎は解明されていないらしい。

ワタシは最後の謀殺説を採るが、いずれにしても
ルドルフ皇太子が考えの足りない我慢の効かないお馬鹿さんだったということはわかる。
皇太子としての立場を省みず、国を危うくしかねない言動を繰り返し、
父皇帝を窮地に追いやり、望みが叶えられないからと遊興三昧。
古今その地位を剥奪された皇位継承者はあまたあれど、
目的のために雌伏の時を耐え忍ぶだけのど根性もない彼が
あの激動の時代の欧州で、皇帝として国や国民を守れるかは甚だ疑問だ。

が、まあそれは映画には関係ない。
映画は甘い甘い胸キュンストーリーじゃなくちゃね♪ ←ぉぃ



閑話休題。
最初で最後の劇場公開と銘打たれたヘプバーンの『マイヤーリング』を観に行って来た。
これは1957年にアメリカで制作されたTVドラマ版である。
オードリーの可憐さは言うまでもなく、当時の夫であったメル・ファーラーの演技も見事だった。

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だがさすがに60年近く前の作りゆえに、デジタルリマスターでもフォローし切れないほどに
荒れた画面と、手作り感満載のタイトルバックはナナメに歪んで
微妙にフレームアウトしていたりする(笑)
おまけにこのチラシを見るとおり、放送されたのはカラー版だったのだが、映画は何故か白黒。
キネスコープ方式で録画する際に白黒に落ちたワケ…?
よくわかりません(・_・)

あとねー、あのホーフブルクだかシェーンブルンだかわからないけど
宮廷舞踏会の場面、ちょっとなんと申しましょうか、ちゃちな感じが否めない(^^;
アメリカ人の考えるヨーロッパ宮廷や社交界、貴婦人という存在が
自国の上流階級をモデルにしているのは当然かもしれないが、
もう少し厳然たる、荘重なる雰囲気があると思うのよね~。
かつての神聖ローマ帝国皇帝の宮廷なのだから。


――Bella gerant alii, tu felix Austria nube
  戦いは他のものに任せよ、汝幸いなるオーストリアよ、結婚せよ――


これはオーストリアの各国王族・皇族との婚姻政策を評した言葉として有名だが、
その意味ではルドルフは失敗くんだったワケだ。
彼のみならず、彼に続く皇太子となり、
サライェボ事件で暗殺されたフランツ・フェルディナント大公もしかり。
爛熟のオーストリア帝国は、すでにこの時に命脈が尽き果て、
ルドルフの父であったフランツ・ヨーゼフ1世が、
事実上の"最後の皇帝"と呼ばれるのも宜なるかな。



             

マリー・アントワネット物語展 - 2013.07.14 Sun

   
兵庫県立美術館で開催中のマリー・アントワネット物語展に行ってきた。

マリー・アントワネットはフランス革命でギロチンにかけられて生涯を終えた
悲劇の王妃として有名だが、彼女がハプスブルク家出身だということをご存知だろうか。
この展覧会の主ターゲット層であるベルばら世代には言うまでもないことだが(笑)

ワタシはこのハプスブルク家の歴史がわりと好きで、
今までにも、以前京都で開催されたThe ハプスブルク展
最後の皇太子オットー・ハプスブルク氏について、この雑記でもご紹介してきた。
その時にもくどいくらいに書いたが、
日本では「女帝」と冠されることが多いマリア・テレジアは
実は皇帝位についたことはない。
彼女が継いだのはオーストリア大公位・ハンガリー・ボヘミア女王位である。
この場合、皇帝とは神聖ローマ皇帝であるが、その位は彼女の夫、
ロートリンゲン公フランツ・シュテファンが継承し、フランツ1世となった。

この2人の間に生まれた16人の子供のうち、一番末の娘(一年下に弟がいる)が
今回の主人公、オーストリア大公女マリア・アントニアこと
フランス王妃マリー・アントワネットそのひとである。

展示物自体は、以前パリのカルナヴァレ博物館(革命関連の文物を専門的に展示している)で
実際に観たものや、絵はがきや画集などで観たモノがほとんどだった。
有名なルヴラン夫人の手による肖像画(のひとつ)も来日していた。
たぶん、ヴェルサイユ宮あたりでもレプリカを展示していたんじゃなかったろうか。

面白かったのは、王妃が書いた侍女の任命書やら、芝居のチラシ。
古いフランス語を、わからないなりに読み解いていくのはなかなか楽しい。

しかしまあ、なんといってもこの展覧会のキモは
再現されたドレスの数々だろう。


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このドレスはいわゆる「宮廷着」とも言うべき公式の場で着るもの。
もっとも格式が高く、ローブ・ア・ラ・フランセーズ(Robe a la francaise)
「フランス式ドレス」と呼ばれる。
アントワネットはお抱え宮廷画家であるヴィジェ・ルブラン夫人に
このドレスを纏ってポートレートを描かせたのだが、
なぜか同じドレスの肖像画が1778年と1779年の二枚ある。

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…たった1年しか違わないのに、画家の技量が格段に上達したらしいな…。
まるで違う人物のようにさえ見えるのはなぜだか不明だが、
同じドレスだとはっきり見て取れる。

…しかし実はヴィジェ・ルブラン夫人、自分の肖像画の方が遙かに可愛らしい(笑)
この数年後に描かれたものなど、どこの美少女かというほどだし

130714-10.jpg



約10年後の仕事中の姿を描いたものなど


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美魔女ですかアンタ!( ̄▽ ̄;というほど若々しいじゃないですか…。
っていうか若返ってない?(・_・)
これって年をとればとるほど昔の自分が懐かしくなるというアレ?

…言っておくが彼女、我らが王妃様と同じ年である。
それはウソだろう…って言いたくなりました(-_-;)


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これはアントワネットの実際のドレスではなくて、
1989年のテレビ映画『フランス革命』で
アントワネットを演じた女優ジェーン・シーモアが着用したもの。
当然ながらデザインは現代のもので、
ミラ・ジョヴォビッチが主演した『ジャンヌ・ダルク』の衣装担当
カトリーヌ・ルテリエールの手による。
確かに、生地や構造はともかく、
18世紀はこういう刺繍の配置はしなかったんじゃないかと、
なんとなくだが思う。
しかしリボンやレースの多用は、いかにもロココ時代のもののようだ。


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こちらはローブ・ア・ラングレーズ(Robe à l'anglaise)、
「イギリス風ドレス」と呼ばれるものらしい。
確かにフランス風に比べて、
リボンやレースがシンプルでデコラティヴすぎないところや、
パニエの広がりが控えめなあたりがそんな感じである。
素材がフランスの絹織物のメッカであるリヨン製であるのは、
後述のシュミーズドレスがイギリス産のモスリンを用いたことで、
見た目以上の顰蹙を買ったことによるらしい。
いつの時代も王族は国内産業振興をアピールしなければならない、
やっぱり不自由な立場でもあるわけだ。

ちなみに右下の肖像画(のタペストリー)は、
ヴィジェ・ルブラン夫人の手による
このドレスをまとったアントワネット。
有名なこれである。

130714-7.jpg


…このポーズ好きだなぁアントワネット。
さすが「ベルサイユの紅薔薇」。
実際に手に持っているのは、ロサ・ケンティフォリア(Rosa centifolia)という
オールド・ローズで、ラテン語学名の意味は「100枚の花弁の薔薇」。
深紅よりも、彼女のキュートな感じには合っているように思います。


130714-4.jpg

…でこの上段が、前述の「顰蹙を買った見た目」のシュミーズドレス。
ベルばらにも登場したドレスのデザイナー、ローズ・ベルタンのデザインである。
漫画でも描かれていたように、プチ・トリアノンなどで
農婦の真似事をして和む時用のドレスであって、
決して彼女もこれを公式の場に出ていくほどお馬鹿さんではなかったが、
このドレスを身につけた王妃の肖像画がサロンに展示されて
みんなにバレちゃったんだそうで(笑)
やはりヴィジェ・ルブランによる、その問題の肖像画がコレ。


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シュミーズ、つまり我々世代まではきっとわかる和製フランス語?の
「シミーズ」ってやつですね。
下着をドレスにしちゃったワケだから、
当時どれだけの大スキャンダルになったか伺い知れようと言うモノだ。
しかも下町のおかみさんが仕事着を上に重ねて
台所で鍋かきまわしてるならともかく、王妃様ですからね…(・_・;
しかし舞踏会用のドレスではデコルテばばーんと出してもOKなのに、
腕が透けちゃったらダメってのは、
現代的にはどうもよくわかんないモラルですよね…。

宮廷中から非難囂々だったこの肖像画(というよりドレスだけど)は
すぐに外されて、同じくルブラン夫人による
まったく同じポーズの青い「イギリス風ドレス」に
掛け替えられたんだそうで(笑)
用意周到というよりも、ルブラン夫人、製作を急かされて
デスマーチだったんだろうなぁとちょっと心配になりました(笑)


そして先ほどの写真下段の緑のローブは
ローブ・ア・ラ・ポロネーズ(Robe à la Polonaise)
つまり「ポーランド風」の羊飼いのドレス。
こちらもプチ・トリアノンなどで農婦体験をする時などのもの。
この程度なら宮廷でも許されるようで、
この時代、お散歩大流行の宮廷の庭園のそこかしこで
このドレスを纏ったご婦人方が数多く見られたのだそうだ。
おりしもポーランド分割の頃でもあったせいで、
ニワカにポーランド文化が流入してきた模様。


130714-5.jpg

これが有名な(笑)帆船カツラ。
モデルになっているのは、アメリカ独立戦争にフランスが加担した際、
イギリスのフリゲート艦アレシアのメインマストを破壊し勝利した
ラ・ベル・プル(La Belle Poule)というフリゲート艦だそうで。
自国艦の活躍に湧いた宮廷でもてはやされたんでしょうね。

…いやー…しかしまあ、日本でも昔、
浅草十二階(凌雲閣)を染め抜いた着物が流行ったり、
実際ワタシの大学同級生の某お嬢様が
エンパイア・ステートビルを染めたお着物をお召しだったとかいう話もあったし、
そういうモードも「あり」なんでしょうけどね…。
これはさすがに重いと思うのよね……。
何しろ当時は帽子部分だけじゃなくて
髪の毛の部分もカツラだったりするワケですから(-_-;)


ちなみにこの展覧会に出向いたのは、7月14日。
1789年、バスティーユ牢獄の囚人を解放すべく市民が立ち上がった
まさにフランス革命勃発の日、
現代では通称パリ祭と呼ばれるパリ革命記念日であった。
…アントワネットに喚ばれたわけではなく、単なる偶然だと思いたい…。


     

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