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2010-10

邯鄲の夢 - 2010.10.11 Mon

私は碌な勉強もさせてもらえぬまま、
貢試(=会試。科挙の事実上の最終試験)に挑まされることとなった。
――童試(予備試験)も郷試(科挙の第一試験)もすっ飛ばして、
いきなり会試である。
突然「ここへ行きなさい」と手渡された紙を手に
向かった先は北京貢院(科挙試験会場)。

狭い・暗い・汚いはずの号舎の房(受験者の宿舎兼試験会場)は、
どういうわけだかビジネスホテル並みに設備と清潔さが調えられており、
にもかかわらず一番重要であるべき、答案を書く机のみが
奥行きが短くて狭苦しい。
皺一つない新しいシーツがぴしりと敷かれたシングルベッドの上に
どさりと座り込んで間もなく、試験開始の合図がスピーカーから流れた。

基本的に会試とは四書五経からの論文記述と
テーマに沿った詩作を求められるはずである。
それゆえ、そのものは短文であるはずの問題は
なぜか厚みのある冊子になっている。
ただ、白文(記号がない原文)であるはずの問題には、
どういうわけか返り点だの送り仮名で訓読できるようにはなっている。
…だからといって簡単に読めるものでもなく、問題解読だけで四苦八苦。

問題文と格闘しつつ墨を擦り、解答を書くための新しい小筆を下ろし、
筆先を墨に馴染ませて、細く調える。
実際には長文の論文を仕上げるためには、数本の筆を消費することになるのだが、
なぜか私は、一本の筆先を揃えることに熱中していた。
美しい字を書かねば、それも評点に関わる。それは確かだが、
なんだか我ながら偏執狂じみてるなぁと思いながら、
丁寧に丁寧に墨を含ませる。
筆の穂2/3に墨を含め、1/3を崩してバラすのが常道だが、
私の好みは1/2墨の1/3バラし。
上部1/2に墨が沁みるのは絶対に我慢がならないので、白いままにおく。

解答用紙はやはり閉じられた朱罫の冊子であり、
汚したり破ったりすることは許されない。
そのような事件があれば、向こう数年は会試を受けられない定めが待っている。
いつのまに完成したのか、下書きしたものを慎重に書き写そうと、
一文字目の筆を置いたその時。

突然ノックの音とともに、文官の官服を纏った試験管が現れた。
――ドアのない号房でノックは難しいと思うが、とにかく鳴ったのである。
彼は唐突に言う。

「汝に問う。初問の解答をひと言にて口頭せよ」

つまり、第1問の答えをいきなり口で言え、というのである。
しかも一言。
あの長いややこしい設問に一言で答えろというのか。

あまりの暴挙に呆然としながら、ちょっと腹が立った私は、
適当なことを言ってやれ、とヤケをおこし、

「如何なる時も、何にも優先し、民を飢えさせぬこと」

と答えた。
すると彼は「正解」と満足げに頷き、「そなたは合格です」と言う。
あまりの展開に唖然としていると、彼曰く、
自分は挙人(会試合格者)の中から任意の者に同様の質問をし、
この答えを返したものを合格とせよ、との勅命を帯びていたというのである。

それにしてもなぜ私に…?と腑に落ちぬ思いで首を傾げる私に、
彼は言う。
「皇上(皇帝)は、運気を引き寄せるも実力のうち、と仰有ったのだ」

それはありがたいけれど…と、どこまでも信じがたい思いでいる私は
そこでふと疑問に思った。
…はて。今の帝って誰だっけ…?




――そこで目が醒めた。


だらだら寝坊した日曜の朝。
まだとろとろと眠りに引きずり込まれそうになりながら枕元をふと見ると、
前夜、眠りに就く寸前まで読んでいた浅田次郎『蒼穹の昴』第一巻があった。


…え、影響されすぎじゃ、ワタシ……( ̄▽ ̄;


そもそも清朝(たぶん時代的にそうだと)じゃ女人受験は無理だったはずだとか、
号舎には綺麗なシングルベッドなんかない、
実際は板一枚に持参の寝具にくるまって横たわるはずだとか、
スピーカーってなんだ、そんなものが北京貢院にあるはずないじゃん、とか
肝心の初問の内容を憶えてないってのはどうなんだ、とか、
だいたいなんだあの口頭試問の解答、いかにもお行儀よすぎて
つまらないじゃないかとか、
なんかツッコミどころ満載の夢だった。



…あり得ないはずの夢。
そこから醒めたワタシが真っ先に思ったのは、
邯鄲の枕の故事通り、己の欲の深さを恥じる心地でもなく、
煮上がった粥食べたい、でもなく、

いいネタ拾った

という身も蓋もない感想であったのだった。まる。




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(2004/10/15)
浅田 次郎

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