FC2ブログ
topimage

2011-01

スポンサーサイト - --.--.-- --

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

旅行記アップしました - 2011.01.28 Fri

写真付き詳細旅行記、やっとこさ第1弾アップいたしました。

いやーもうね、久々にFTP(ホームページをWebに乗せるソフト)と格闘ですよ(-_-;)
なんかFC2Webもいろいろ変わってて、アップロードがうまくいかなくて
新しいID取っちゃった(^^;
YahooのIDとパスワード、FC2WebのIDとパスワード、
無料ホームページのIDとパスワード、全部違う。
…おばちゃん、憶えきれません(T▽T)

そうでなくとも、裏サイトとビーズのブログとここ、3つ並行運用で、
しかも登録メルアドとIDとパスワードがごちゃごちゃ入り交じってて、
もうなんかワケ分かりませんヽ(゚∇。)ノ



でもま、とりあえずは出発日の模様をお届けできることになりました。

    さくら通り>Recit du voyage>独仏旅行記2011

にてご覧頂けます。
ご興味おありの方は覗いてみておくんなまし。

             

           
スポンサーサイト

謎の食文化 - 2011.01.27 Thu



とはいっても、日本の話である。

妹がスタバで(姉妹揃ってスタバばっかし行ってる…)
隣に座ったおばさん3人組について報告してきた。

『うるさい!香水クサイ!』

…そりゃお気の毒に。




しかしその実、彼女もさすがワタシの妹である。
おばさんたちの会話にしっかり聞き耳を立てていた。

「ここのアイスコーヒー、美味しいのよ」
「あらほんと!」
「アソコより美味しいわ~~」

どうやらひとりの叔母さんはよくスタバを利用しているようだが。
それだけなら妹も世代間格差(スタバにも演繹できるのかそれ)について
思いめぐらすだけで済んだはずだった。
そこにさらにおばさんたちの一言。



「でもアソコは佃煮が美味しいから…」
「そうねー。あそこは佃煮よね!」



お陰で妹は、佃煮とコーヒーの関係について
延々考えさせられる羽目になったらしい。

……お気の毒にね?



    

欧州トイレ事情 - 2011.01.25 Tue

      
昨年秋、「笑っていいとも」のテレフォンショッキングに
福山雅治氏が登場した時、タモリ氏が尋ねた。
「大河の撮影終わって、海外行ってたんだって?」
「仕事ですよ仕事」
「どうだった?」
「いやー、一番感じたのは、日本の便座は温かい、ってことですね」

…わかるよ福山くん。
ワタシも今度の旅ほど、日本のトイレが
これほどまでに有難いものだと感じたことはなかった。
温かい便座もだが、ウォシュレットは素晴らしい!
最近では外国でも欲しがる人が多いというのも頷ける。



のっけから不穏当なタイトルで申し訳ない。
というわけで帰国したさくらでござんす。

いや、トイレフリークなワタクシとしては、やはりこの旅も
トイレ探求に余念がなかったわけでして。
あちこちのトイレに行ってまいりました。
…ってより、単にトイレ近いのよ最近(^^;




ではいきましょうか。まずは泊まったホテルのトイレ。

110125-1.jpg
パリ、シャルル・ドゴール空港の
Hotel ibis Charles de Gaulle A'eroport。
無論シャワールームinのユニットタイプだが
それにしても狭い(-_-;)
ワタシでも膝が前の壁にくっつくくらいです。
まあそれだけに機能的に作られていることは間違いない。


110125-2.jpg
今回の旅で最もゴージャスだったLe Meridian Muenchen。
トイレ自体は豪華ってわけではないけど(笑)
それにしても西ヨーロッパの新しいトイレの
いわゆる流すスイッチは、たいてい縦横15cm内外の
大小を重ね合わせたようなデザインが多い。
このホテルでは、同心円の中央部が「小」、
外縁部が「大」用スイッチになっている。


110125-3.jpg
同じくミュンヘンのHotel Drei Loewen。
ここは部屋に比して妙にバスルームが広かった。
部屋のインテリアはウォームシックだが、
バスルームにはなぜかピエロのステッカーが。
…オーナーの趣味?


110125-4.jpg
ジアンのHotel Anne de Beaujeu。
トイレはごく普通。
ここはむしろシャワースペースが不思議なシロモノで
半畳風呂とも単なるシャワートレイともつかぬ
不思議な深さ。
水が飛び散るのを軽減するためであって、
当然水栓はなかったが。


110125-5.jpg
トゥールのH^otel Th'eatre。
ここもごく普通のトイレ。
部屋そのものも狭いので、バスルームの狭さもやんぬるかな。
ちなみに田舎に行けば行くほど、
同価格帯でも部屋は広くなる。



110125-6.jpgサン・マロのH^otel France et Chateaubriand。
…つまり田舎なので部屋自体も広く、
バストイレは別室だった。
ただ、ここのトイレはイマドキ珍しいことに
ちり紙だったのだ…!しかも在庫少なし。
フランスに入って快腸だったワタシも夫も、
紙がなくなるかもしれないという
恐怖に怯えながらの一夜を過ごした(おぃ)


110125-7.jpg
パリ、Hotel Left Bank。
どういうわけかロールホルダーの付け位置が後方にある。
おかげで用を足した後、腰を捻って紙を巻き取らねばならず、
ツライ思いを…(TT)
先に紙を取ってから座る、というワザを開発するまで、
苦しむ羽目になった。



…とまあここまでは、そうはいっても
まずまず普通のホテルのトイレの光景。
多分次は、大多数の日本人にとって衝撃映像。



…お食事中の方、さらに失礼を。



110125-8.jpg…便座ないの。
ここはパリ郊外、Autoroute(高速道路)A6にある
LissesのAire(サービスエリア)。
フランスのほとんどの公共トイレがこの状態。
さてこれでどうやって用を足すかだが、
1.腰を浮かせたまま
2.便器縁に紙を敷く
…なにごとも臨機応変に対処するヨロシ。


ワタシが学生時代にミュンヘンでサマースクールに行った時は
ドイツもこんな状態が常態だった。
温かい便座どころじゃないのである。
今回ミュンヘンはそんなこともなく、どこのトイレも綺麗だったが、
フランスはまだこういう場所も存在する。
一種感動である。

しかしなぜ便座のみを持っていくのかが謎なのだが、
サービスエリアでメシを喰いながらの夫とワタシの考察。
「まさか売る…わけないか」
「壊れやすいとか?」
「そう簡単に壊れるもの??」
「フランス製だから」
「フランス人みんなが小錦かよ」
……食事時の話題は選ぼう。


110125-9.jpg今回の旅で驚いたのが、ドイツもフランスも
センサー水栓と温風手指乾燥機(三◯でいうところの
ジェットタオルね)
を装備しているトイレが多かったことだ。
ハンドソープを備えているところも多かったし、
場所によってはアルコールジェルまで!( ̄▽ ̄;
ヨーロッパも変わったのねぇ…。


110125-10.jpg
さてこちらはパリ、Printempsのトイレ、
その名もPOINT WC
サニタリー会社のショールームを兼ねた有料トイレである。
EUR1.00払って用を足しに個室に入ったら、
便器から小道具まで価格が書いてあったりする(爆)
ちなみにここの他、シャンゼリゼ通りと
ルーブル地下のショッピングモールにも支店がある。


110125-11.jpgそのPOINT WCの洗面スペースにあった謎の便器。
こ…ここで用を足せと…?
まさかとは思うが、単なる展示かとも思うが、
いやいやママと一緒に入った子供用に違いない、
などとぐるぐるするが、蓋を開けてみる勇気はなかった。



基本的にヨーロッパのトイレは有料だと思った方がいい。
ところが最近は役所の意識改革でもあったのか、無料のところも多くなっていて、
しかも昔に比べてずいぶん綺麗になっている。
パリのデパートでは、ラファイエットが無料、プランタンは有料だった。
ミュンヘンはどこでもたいてい無料だったが、
なぜか一部のビアホールでは有料だった。

地方へ行くとまだまだ有料、しかもただオバサンが椅子に座って
皿に多めの見せ金を置いているだけではなく、
窓口があって「いくらでもどうぞ」と言われる場合もある。
(ランスの公共トイレがそうだった)
パリの街中には、一戸建て(爆)の公衆トイレがあって、
コインを入れると鍵が開くシステムだ。

綺麗なトイレに入りたければ金払え、というのは、
決して不当な要求ではない。
みんなでトイレを綺麗にキープするためのお金を払うのだと思えば
別段何もおかしいことだとは思わないでしょう。

トイレ前に座っている彼らは、店や市からトイレ掃除を委託され、
その見返りとして利用者から小銭を受け取る権利を有する。
トイレに入ろうとすると、そういう人が
個室の乱れ具合をちゃんとチェックして、
「どうぞ、マダム」と案内までしてくれる場合もある。

しかもその額は、一応"チップ"ということで、定額制ではない。
だいたいEUR0.20~0.50も払えば充分というものだ。
POINT WCのように一律EUR1.00と料金が決まっている方が珍しい。

「サービスはタダではない」
日本人はもっとこれを学び取るべきだと思う。
「えっ?!サービスってタダのことじゃないの?」
多分そう思う人がとても多いこの国で、
チップの概念が一般に根付くのは、とても難しいことかもしれないけど。


              

独仏冬紀行 2011 その14 - 2011.01.24 Mon

そして最後の朝がきた。
身支度をして残った衣類と化粧品をバッグに入れ、一旦朝食を取りに下りてから再び荷物を運び下ろし、ホテルが契約しているシャトル便(VWのVANAGONだった)で空港へ向かう。
途中クリュニー辺りのホテルでもう一組を乗せたのだが、その家族の娘を見て驚いた。…なんと「ハリー・ポッター」のルーナ・ラブグッド役の子だったのである。パパとママと三人で休暇なのか、仲良く乗り込んできた。空港2Eターミナルで車が止まりパパが降りたので、彼女に「After you」と言ったら、違うターミナルだったらしく、「いいえ」と微笑まれた。三列シートの後部座席に座っていたワタシたちを降ろすためにパパが下りてくれたのだった。

空港に着いたのは10時半過ぎ。13時40分のフライトまでずいぶん間があると思ったが、まずdetaxeで長蛇の列、次いでdrop offでまた並び、セキュリティーチェックでは30分以上待たされた(-_-;)結局解放されたのは12:20。ボーディングまで30分ほどしかない。まあ遅れるよりいいんだけどね。
免税店で化粧品とチーズをたっぷり買って、いよいよボーディング。

機内は蒸し暑い。長袖Tシャツ一枚なのに汗びっしょり(ToT) でもいち早く「The social network」を観られた。
あとは寝て過ごすつもりだったが、オンデマンドで「The social network」があったのでつい観てしまう(^_^;おかげで目が冴えてしまったが、ワタシにしては珍しく手荷物の中に本を入れるのを忘れたため、長いフライトを退屈しながら過ごすことになった。

パリのボーディングに遅れてきた人たちがたくさんいたために、離陸も着陸も遅れ、関空着は10時ちょうど。別送品申告もあっさり通り、リムジンバスで地元乗り換え駅まで、そのあとタクシーで家にたどり着いたのが12時15分。
家中の窓を開けて換気したり枯れかかったベランダのプランターに水をやったり、唯一家にあった食糧の冷凍うどんでお昼ごはんを作ったりと、帰るなりパタパタと働いたが、そこまでが限界(-_-;)
二人してベッドに潜り込んで夕方までの短い眠りを貪った。


1/22-23 日付変更線越えて日本にて

    
   

独仏冬紀行 2011 その13 - 2011.01.23 Sun

パリ滞在最終日。
朝一番にバスでBon Marcheに行く。ついていきなり催したので、トイレを探すが、なかなか見つからない。そもそもフロアプランにもフロア内にもトイレの表示がない。この旅で頻発した「Ou sont toilette?(トイレはどこ)」を繰り出しまくってようやくたどり着いた。
ところで、ワタシは知らなかったのだが、Au bon marcheとLe bon marcheは隣同士違う建物だった。前者は食品、後者はいわゆるデパート。ふーん、そうなんだ。
で、そのAu bon marcheでセップ茸だのKusumi teaだの買い込んで、持参の荷物と共に、近くの郵便局から国際便で発送する。
フランスの郵便局ではcollissimoという料金込みのパッケージが販売されている。通常の荷物用M・L・XLサイズの他にもワイン用もあって、封をするための簡単な接着剤つき。これで不安な場合は別にテープを買っておくことをお勧めする。
窓口のマダムに「Je voudrais collissimo au Japon」とまたまた拙く頼んだら、子供の言葉を聞くように単語ごとにうんうんと頷いて、よく言えましたと褒めるようににっこり微笑まれた(-_-;)
しかしこれも書いてねと渡された発送票の単語がわからねー(ToT)ドイツではさすがにわかったんですけどね」(^_^;)
それでもなんとか読み取って、再度窓口に持って行く。XLサイズのmax重量は7kg。本だのシャンプーだの入れたらあっさりオーバーしてしまって、減らすのに苦心惨憺する。別に大量に買い物したわけではないが、書籍や液体は重くて、帰りのドロップオフでEUR30/kgの超過料金を取られかねない。それよりは遥かに郵送(航空便ではなく通常便)の方が安価なのだ。
そういうわけでワタシたちは旅の最初の方で使用した資料も送ったり、不要物は捨てたりと、少しでも帰国荷物の重量を減らそうと必死なのであった(笑) 

さてなんとか7kgをクリアして、マダムに「perfect」と言わせることに成功。無事最後の発送を終えて、入りきらなかった荷物を持って一旦ホテルに戻り、身軽になって改めてランチを取りに一番近いカフェへ。初日のCassetteもここも玉村豊男さんのパリ本に載っていた「サン・ジェルマン近辺の安くて旨い店」。もっともここLe Buciはさほど誉められてはいなかったが(笑)
ワタシはアントルコート、夫は大きなアンギュイエット(ソーセージ)。両方ともたっぷりのポンフリとサラダ、パンがついている。まあつまりはパリのカフェめしの定番だ。

食べた後はまた別行動。おじいさんは裏通りで偶然見つけた乗り物専門の本屋に、おばあさんは行きそびれていたルーブル攻略に。
どちらも桃太郎もモモタロスも見つけられなかったが、それぞれ有意義な時間を過ごし、17時半くらいにメールで連絡を取り合ったら偶然にも隣のバス停にいることがわかったので、同じバスで待ち合わせして、一緒にホテルに戻った。

パリ最後の夕食はこれまた玉さん本に載っていて、前回も行ったBistrot d'Henriへ。
5年の間にZAGATの常連になったらしく、客の半数は英語圏の人だった。料理もかなり洗練されて、「gratin d'oufinois avec ホニャララ」から脱却している(笑)
変わったのはそれだけではなく、5年前はかっちりした体型と魅惑の低音だった経営者のロバート・パーマー(さくら命名)がでっぷり太ってすっかりオヤジ体型になってしまっていたことと、彼の奥さんと思しきハーフブラックの美人が店に出ていたことだ。
店の狭さは変わっておらず、隣の人に立ってもらい、テーブルを寄せないと入れないし出られない。それだけに隣人とは何かと交流があり、肘がぶつかるたびに顔を見合わせては肩をすくめてpardon、狭いから仕方ないわね、とやる。おかげで見知らぬ人と妙に連帯感のようなものが生まれ、これはこれで楽しい。ここはそういう店なのだ。
ワタシたちのテーブルのお隣はデッカいマダムの二人組で、帰り際に「私が大きいから邪魔してるのね」とおどけてみせる彼女たちとお互いの健闘を讃え、おやすみなさいを言って別れた。

ホテルに戻ってお風呂に入り、近所のショコラティエで買ってきたマカロンとスタバのコーヒーでパリ最後の夜を惜しみ、パッキングをして、ぐったりと眠りについた。


1/21-22 1:00
パリにて



独仏冬紀行 2011 その12 - 2011.01.22 Sat

本日パリでお買い物の日。
朝一番でヤマトに荷物を出しに行ったら、規定サイズの箱には随分余裕があることがわかったので、先に買い物をして詰めるものを増やすことにした。

店を出てそのまま歩いてプラス・ヴァンドームに向かった。
パリに5ヵ月住み、その後も2回も渡仏したにもかかわらず、一度通りがかったことがあるだけのここは、世界で一番有名な広場の一つだ。
ホテル・リッツ、カルティエにフレッド、文字通りセレブリティでないと用事がない場所だもん(-_-;)
観光客は観光客らしく写真だけ撮って、先を急ぐ。

プランタンとギャラリー・ラファイエットはお隣同士。Solde(バーゲン)真っ只中のデパート街は常にも増して人通りが多い。
タオルだのクッションだの、土産にも割れ物の緩衝材にもなりそうなものを買って、バスでPyramidesへ戻り、ヤマトから5分の距離にあるフォーブル・サントノーレのNICOLASで別送のワインを送る手続きをする。わざわざ送料(決して安くはない)をかけて送るのだから、一定以上の希少性とそれなりの価格帯のものでないと旨味はない。とかなんとか言いつつ、結局たいして高いワインなぞ縁がないワタシたちであった(゚Д゚)
購入書類をもらってヤマトに戻る。店で荷造りさせてもらい、ワインと雑貨類二つのinvoiceを作成し、発送手続き終了。

歩いてOperaに戻り、オペラ座横のカフェにふらりと入ってランチ。
何の前情報もなく、むしろ目抜き通りなのでさほど期待していなかったのだが、ここは割と現地の人が多いようで、質量ともに満足いくものだった。

ランチ後、前回探し当てた模型店に行くという夫と別れて、ワタシは再びプランタンとラファイエットへ。
バスタオルだの財布だの買い込んで、足が疲れたところで、プランタンにあるデュカス経営のセルフカフェbeへ。
店内はバーゲン戦線の息抜きで一人お茶のマダムだらけである(笑)
その後もあれこれ見て歩いて、夕方17時過ぎくらいに近所のスタバでコーヒーをemporterしてホテルに戻る。

本日の夕食は旅行期間中唯一のちゃんとした?ディナー。なのに事前に調べるヒマがなくて、前回も行ったLes Bouquinistes に予約を入れた。
バスでポン・ヌフを渡り、右岸沿いからエッフェル塔のライトアップを見学してから徒歩で左岸に戻り、指定された予約時間にドアを押す。
5年前に来た時よりメニューの数は減り、プリフィクスのmenuがなくなっており、料理の分量も幾分少なめになっている。どこも不景気ということらしい。
ワタシたちのテーブル担当は若いがキビキビした男性で、本人曰わく「タカシオカムラに似てる?」らしい(笑)確かにワタシより低い身長とくりくり目玉は岡村隆史と同種だが、彼よりかっちりと引き締まった筋肉質っぽい感じだ。
いやそれよりも腐女子的にムラっとしたのは、彼ともう一人の背の高いマネージャーらしき男性の、実に親密ムードかつイヤン♪なやりとりである。
マネージャーがオカムラの肩をわざわざ抱き寄せ、そっと耳を寄せて甘く(←腐女子的視点)囁くさまは、誠に目の保養であった。

夕食後はSt. Augustin通りをのんびり歩いて帰った。
お風呂に入って、帰国に備えて簡単に荷造りし、1時前に就寝。

1/20-21 1時
パリにて


独仏冬紀行 2011 その11 - 2011.01.21 Fri

今日は世界遺産都市ランスへのエクスカーション。
前日に買っておいたチケットを握り締め、メトロ4号線でGare du l'Est(パリ東駅)へ。主に北ドイツ方面への国際列車と北東フランス方面へのTGVや在来線がこの駅から発車する。
8:57発でたった45分でGare Reimsに到着。歩いてランス大聖堂前のインフォメーションに行く。
街のあちこちが工事中なのは、どうやら4月半ばから運行するTram…市電の工事が急ピッチで進んでいるからのようだ。

ランスは世界遺産の街としても有名だが、なによりもシャンパーニュのカーヴが数多いことでも知られる。当然近くの街はウォッシュチーズの生産地でもあるわけだが、今日は時間もないのでカーヴのみ。
インフォメーションのおじさまのサジェッションを受け、夫と相談の結果、日本人にはお馴染みのPommeryに出向くことにした。
カーヴに電話して予約を入れ、14:15から30分のツアーに申し込んだので、それまでの間、まずは大聖堂にお詣り(^_^;)
ランス大聖堂は遠近感がおかしくなりそうな巨大な建造物だ。内部も呆れるほどにデカい。バラ窓の写真を撮ろうとしたら、ノーマルレンズでは遠すぎて上手く撮れない(-_-;)
ここは他にもいろいろと見どころやら逸話の多い場所なのだが、それはまたの機会に譲る。

さてぼちぼちランチにせねばカーヴ見学に遅れてしまう。目抜き通りのPalais de Justice(裁判所)に面したカフェに入る。…つか、近くにあるのはここかマックくらいだったのだ。
思いっきり観光客目当ての店だが、まあシャンパーニュ地方らしい料理を食べられて、それなりに満足。

さてインフォメーションで教わった通りバスに乗り、サン・レミ大聖堂のあるサSt.Timotheeで降りた。
まだ少し時間があるので、サン・レミを見学してからポメリーに向かった。
狭い住宅街の道を抜けてパッと開けたプラス(広場)に出た途端、あまりのカレイさに度肝を抜かれた。
…なんなのこのド派手さ(-_-;) 例えば近所にあるTaittangerの素朴な佇まいに比すならば、こちらは絢爛ゴーカな宮殿。さすがは世界に冠たるポメリーさま。…でもドンペリやモエには負けるところが悩ましい(笑)

なぜか14:15のツアーは1時間コースと言われ、夫の解釈が悪いのか、予約担当の説明が悪いのかは判然としないが、帰りはタクシーを呼んでくれるというし、おとなしく1時間コースにした。この手のことでフランス人とケンカするほど疲れることもバカバカしいこともないのだ。彼らは絶対に、よろしいか、ぜーっっったいに、である、自説を曲げることも失態を認めることもしない。
もっと軽いことからあっさり「アラごめーん!」と言ってくれるのだが。
まぁツアーは面白かったし、同行のアメリカ人のおじさん(ってワタシとそう年は変わるまいな(-_-;))も来日経験のある楽しい人だったしで、結果オーライだった。
一杯のヴィンテージシャンパーニュを試飲させてもらい、時間も迫ったところで送迎のタクシーがやってきた。けっこうギリギリで帰りのTGVに間に合った。

パリに戻って来たのは17時過ぎ。ホテルで休憩してからMabillon近くの中華料理店で夕食。新しい店らしく、比較的若い客層だが、量は上品で味はまずまず。日本語メニューがなんともはや(笑)

ご飯の後、メトロに乗って、夜のシャンゼリゼを見に行く。観光客そのものの行動だが、どちらかというとワタシたちにとってはかつて住んでいた場所の近所を見に行く感じである。
…とか言って初めて見るヴィトンのシャンゼリゼ店のウィンドウを撮ったり、ラデュレのシャンゼリゼ店でお茶したりしちゃったあたり、やってることは観光客そのものなのだが。

ホテルに戻ってきたら23時。
あー楽しかった♪

1/19 23時
パリにて


独仏冬紀行 2011 その10 - 2011.01.20 Thu

7時起床。だらだらして8時に朝食に下りた。
このホテルは英語圏の客が多く、あちこちからワカル言葉が聞こえてくる(笑)
お隣で一人、クロスワードを解きながら食べていたマダムも英語のひとだった。
それにしてもなぜヨーロッパのご婦人方はお一人の時間つぶしに揃いも揃ってクロスワードをするのだろう(笑)

ホテルを出て、バス停に行く途中、ふらりとサン・ジェルマン・デ・プレ教会を見学。
実はここにも初めて足を踏み入れた。
なんと美しく静謐な教会か。壁画も石像もステンドグラスも素晴らしい。
ここでもまたマリアさまに献灯し、めでたし(天使祝詞)を唱えておいた。信者でもないのに、これと主の祈りだけは何十年経っても忘れることはないし、できない。コワいなー三つ子もとい十三子の魂(-_-;)

教会の前から95番のバスに乗って、サン・ラザール駅へ。
明日はランスにエクスカーションなので、TGVのチケットを買いに来たのだ。Je voudrais billet demain とかなんとか適当なフランス語モドキを唱えながら窓口でメモを差し出した挙げ句、ぺらぺらまくし立てられて解らなくなり、担当のお兄さんに「英語わかる?」と言わせてしまって忸怩たる気持ちになるワケだ。くすん。
それでもこの旅の間じゅう、いちばん出てこないのが英語で、ドイツではフランス語、フランスではドイツ語が口をつく。われながら天の邪鬼も甚だしいが、どちらにせよカタコトに変わりはないとこがトホホだぜぃ(-_-;)

まあとにかく無事チケットも買えて、サン・ラザール駅からHauvre Caumartinへ移動。
Primtempsとお隣のGalerie Lafayetteでショッピングといきましょう。…と言ってもワタシは見るだけ、夫のYシャツやらコートやらを買いに来たのだ(-_-;)
ヤツは初めてパリに来た時から、青いシャツだの黄色いクマさん柄のネクタイだのとキュートなのを買い込むのを常としている。日本にはないようなのがお気に入りだそうだ(笑)
だが今冬のパリのトレンドはちょっと地味なモッズ系のようで、シャツは淡色、ネクタイはストライプが多い。カラーは紫が流行りらしい。
アホっぽい柄のタイが見つからず、夫しょんぼり(笑)

次にOperaにあるクロネコヤマトに別送品の料金と手続き方法を聞きに行く。
ワインはヤマトとの取引に慣れたマドレーヌ広場のNICOLASか、Cave Tailleventが便利そうだった。それだと価格帯や銘柄が限定されそうだが、店での発送手続きだけで済むというのは、在住者のように時間に余裕があるわけではない旅行者にとっては楽でいいかも(^_^;)

情報ももらったので、お茶でもしようと足を向けたのはまたしてもスタバ。いやパリまできてなんでスタバ?とお思いでしょうが、ヨーロッパのコーヒーは濃くて美味いがいかんせん量が少ない。ノーマルサイズで日本でいうところのデミタス、Grandeで日本の普通サイズの2/3ってとこである。ゆえにそこそこ旨くて濃いめのコーヒーをたっぷり飲もうとすると必然的にスタバになってしまうのだ。
不本意ながら(・д・)

一旦ホテルに戻ってから、夕食はBoisiereにあるLac Hongへ。料理ベルナール・ロワゾーも贔屓だったというこのベトナム料理店は、十数年前に来て以来だ。
パリのベトナム料理店の中では高級店に入るが、内装や盛り付け、ホスピタリティに関してはごく標準的(笑)
味は無論旨いが。

そんな高級店(笑)で食事したにしては帰りもメトロな自分たちをほのぼの感じながらホテルに戻り、お風呂に入って寝たのは1時。

1/18 1時 パリにて




独仏冬紀行 2011 その9 - 2011.01.19 Wed

7時半に起きればいいのに、目が覚めたのは6時半過ぎ。諦めて起き出し、荷造りする。
朝食がてら散歩に出ようと8時頃に1階ダイニングを通りかかったら、コンチネンタルな朝ご飯の支度がしてあって、なんとなくホテルで食べることになってしまった(笑)
その後まだ薄暗い中、予定通り散歩に行く。小暗く狭苦しいサン・マロの街並みしか知らなかったが、街の真ん中、教会が集まったあたりや官庁街のあたりは、空が開けて清々しい。あてもなくてれてれ歩いてホテルに帰る途中、夕べ見つけたショコラティエが開店しているのを発見。わーい♪と歓声を上げて、マカロンを買いに行く。8個4.50EUR。名のあるブランドじゃないので安い(*⌒▽⌒*)
一旦ホテルに戻ってチェックアウトし、タクシーを呼んでもらい、駅到着は列車出発の1時間半も前(^^;)
12時12分のTGVでパリ・モンパルナスに向かった。

定刻の15:15にパリ着。タクシーでオデオンにあるホテル、Left Bankに向かう。
サン・ジェルマン教会にほど近いBuciにあるこのホテルは、一応Best Western系列らしい。ロビーも客室もややトゥーマッチなほどにデコラティブなアンティーク。あるいはレプリカ(^^;)
しかしただ古いだけでもないようで、水回りと電気は近代的(笑)かなり狭いが、まあなんとか生活できるだろう。

すぐに外へ出て最寄りのメトロ駅、Odeonに行く。一週間のNAVIGOカードを買いに来たのだが,自販機は5、10、20EUR紙幣しか受け付けない。最寄りのハンセン銀行のATMでお金を下ろして再度トライ。無事にNAVIGOのクーポンを買うことはできたのだが、今度はチャージするための札がない(-_-;)再びATMで20下ろして20EURを作り、ようやく二人分の"使用可能な"NAVIGOをゲット(^_^;)
…したのだが、今日はもうそれを使って移動してOperaやChamps-Eliseeまで行く気力はなく、地元OdeonやSt. Sulpice辺りを徘徊するだけにした。

親や兄弟たちに土産を買ったり、パリに何度も、またしばらくは住んでいたにも関わらず初めてSt. Sulpice教会の中に入ったりしながらレンヌ通りに出て、夫お気に入りのカフェCassetteで早めの夕食を取ることにした。
この店のウエイターはフランスには珍しいほどきびきびしているのだが(笑)、今回ワタシたちのテーブル担当の彼はさらによく気が利く。黙っていてもカラフェの水を持ってきたり、またそれが空になるや新しく満たしてきたりと、まあフランスのカフェにはあるまじきサービスの良さ(笑)

帰りにレンヌ通りのFlanprixで水やらチーズやらを買ってホテルに戻り、荷解きして0時には二人してご就寝。


1/17 23:00
パリにて

独仏冬紀行 2011 その8 - 2011.01.17 Mon

まだ真っ暗な中、チェックアウトして駐車場まで荷物を引きずって、8時にトゥール発。ゲートはチケットを入れたら無事開いた(笑)
ナビ様に騙されたり素直に言うことを聞いたりしながら、9:15にル・マンを通過。途中の長閑な田舎道は、高速道路の単調な景色と違って、変化と興趣に富み、実に楽しい。
11:20には モン・サン・ミシェル に到着した。
あの威容は数年前となにも変わらない。

ワタシたちが見学を始めた頃はそうでもなかったが、帰る頃には日本人観光客が続々とやってきた。
おそらく朝一番でパリを出るオプショナルツアーやパックツアーに参加した人たちだろう。二人だけで来ているワタシたちのことが気になるのか、しきりとこちらに視線を送ってくる。
日本人なのか中国人なのか気になるのはこちらも同じだが(笑)

有名なオムレツのプーラールでランチにしようかとも思ったが、どうもマイナス方向な評価が多いのと、たかがオムレツに出すにはかなり手荒い金額に臆して、テイクアウト店でポンフリとクロックムッシユを買い、城門を出たあたりで石垣に座り込んで、海を見ながら食べる。
ふと大型車の駐車場に目をやると、駐車中の18台のうち14台が日本のツアーバスなことに気づいて夫と爆笑。

14:15 に車を動かして、15時半にブルターニュの小さな村カンカルに到着。14年前に知人に教えられて来た牡蠣の名産地である。残念ながらその時食べた岬の屋台では、その場でおばちゃんが剥いて食べさせるのはもうやっていなかった。
近くでやたら賑やかな店に入ってみた。
念願の生牡蠣をはじめ、山ほどのムールのワイン蒸し、小山ほどのパン、ブルターニュ風のクレーム・キャラメルにコーヒーでしめて15.9EUR。

薄暗くなってきた17時になって慌ててカンカルを出て、17時半にサン・マロ城門外駐車場着。ヨーロッパをレンタカーで動いていて助かるのは、こうした観光地の公共駐車場に無料のところが多く、出入り自由なことだ。2つのトランク、1つのトロリー、1つの肩掛けトートに
それぞれバッグを持って、城門をくぐり抜けて石畳の道を歩き、17:50ホテル・シャトーブリオン着。
外観とレセプション、オランジュリーと思しいロビー、豪奢なボールルームだったのだろうダイニングの他は、改装して妙に現代的。
チェックイン後、すぐにレンタカーを返却しに陽も落ちてとっぷりと暗くなった中を駅へ。わりとスムーズに返却終了、チェックインの時に一度に持ちきれなかった荷物を夫が抱えてバスでホテルに戻る。
さて荷解き&荷造り。明日はパリに戻るが、もう飛行機じゃないので液体だの刃物だのに気を使わなくてよい。あれは荷物バランスが偏って困りものなのだ。
目処がついたところで20時過ぎ。カンカルで食べてから間がないが、日曜の田舎町は早仕舞いの店が多く、スーパーで簡単な総菜を買ってきて済ますのも時間切れだったので、軽めに夕食を取るべくクレープリーへ。夫は卵とハム、ワタシはソーセージと卵のガレットを頼み、シードルの小瓶を分けてちびちびやりながら食す。
観光地とはいえ、冬場の日曜の夜道にひと気はなく、店もほとんどが閉店か休業中。教会すら閉まっている。
部屋に戻って久しぶりのビッグバスにゆったりしたら急激に眠気に襲われて、23時くらいに沈没。


1/16(執筆終了17日)
サン・マロにて


独仏冬紀行 2011 その7 - 2011.01.16 Sun

6時に目が覚めて、荷造りしてから7時半に朝食に降りた。相変わらずほとんどのスペースが真っ暗(-_-;)ワタシたちが行って初めて電灯をつけたくらい。
当然だがコンチネンタルのカンタンな朝食をそそくさと済ませ、8:20にチェックアウト。車庫であれこれ荷物の入れ替えをして、8:45出発。

10時半にシヴェルニー城着。
ひょっとしたら冬季休業かとも思ったが、邸内も見れると聞いてホッとする。
この城館の持ち主である侯爵夫妻は、やはり先祖の遺産を残すためにそれなりの営業努力をしているらしい(笑)
11:45にシヴェルニーを出て、12時半には次の訪問先であるシュノンソー城着。
ここはもっと商売っ気があって、大型観光バスでやってくる日本人や中国人だらけ。ちなみにこの寒い時期にレンタカーなんぞでやってくる日本人はワタシたちだけだった(^^;)
城のセルフサービスカフェに期待したのにこればかりは冬季休業なのか、お昼ごはんを食べ損ねたまま、14時半にシュノンソーを出る。
トゥールまでさほどの距離もないので、車でチョコやプレッツェルクラッカーを食べてお腹をなだめ、先を急ぐ。

15:30 トゥール着。
VINCI駐車場に置いて、Burioche Doreeで
サン・ジャン教会探してさまよう。
やっと見つけたらすでに16時半すぎ。
駐車場に荷物を取りに行き、ホテルに向かう。
Hotel du Theatreはその名の通り劇場の
真向かいにある。豪華で壮麗な劇場に比して入口は大丈夫かと思うほどしょぼいが、室内はジアンのホテルよりよほどすっきりしていた。
チェックインしてから水と朝ご飯を買いにMONOPRIXへ。

ふと思い立って駐車場の出庫可能時間を調べに行く。日曜日は休みとあったので、慌てて事務所を探してもう一つの入口へ。フランス語しか話さないお兄さんとカタコト以下のフランス語で四苦八苦してやり取り。たまたま明日は開いているし、出す方はどうやら自由らしいと判明。
一旦ホテルに買い物したものを置きに行き、またすぐに食事に出る。
Cap Sudに行くつもりで歩いていたら、裏通りに一軒の中華料理屋を見つけて、入ってみることにした。そろそろアジアなメシが恋しくなってきたのだ。これがアタリ。
次から次へと客が入ってくる人気店だったらしい(笑)

ホテルに戻ると21時半。ごそごそ荷物をいじっていたり、メモリの写真データをPCにサルベージしていたらいつの間にか23時。
明日も早い。おやすみなさい。


1/16 23:00(執筆時)
トゥールにて


独仏冬紀行 2011 その6 - 2011.01.15 Sat

寝苦しくてひんぱんに目が覚める一夜が明け、5時に起き出した。
最終荷造りして、6:20にロビー階に降りる。レセプションに荷物を預けて15分で朝食を取り、チェックアウトして四泊したホテルを後にした。
荷物を引きずって中央駅のリムジンバス乗り場に行くと一台停まっていたので、予定より早い便で空港に向かう。

ターミナル1のエールフランスカウンターはめちゃめちゃ遠い(-_-;)散々歩かされてようやくたどり着いた。やっぱドイツとフランスって仲悪いのねと納得。

ちょっと遅れ気味のフライトでパリ到着。レンタカーのアジャンスまでがまた遠い(-_-;) おまけにカウンターのおねーちゃんは、夫の後ろに長蛇の列ができようがお構いなしに、業務連絡にかこつけた私用電話を長々やっとる。
ここでキレて文句を言ったが最後、「あなたの予約は入ってないわよ」的な意地悪をされるのは目に見えているので、夫はじっとガマンして待つ。まったく甘やかされたフランス人の女ほど始末に負えないものはない。

さてようやく借り出したCitr"oen C5、デタッチャブルのナビを取り付け、一応オリエンテーリングもして、ドゴール空港を出たのは13時。
慣れたはずの車種とはいえ、慣れない右側走行。夫は運転に神経使いつつも、周りに溢れるフランス車に気もそぞろ。
オートルート(高速道路)走行中も、やれあの車の写真を撮れ、やれ動画を撮れ、料金所の小銭を準備しろとうるさいおっさんだ(~_~;)
途中、Lisseのサービスエリアで軽い昼食を取り、A3→A6→A77と分岐を経て、Gienの街に到着した。
Faiencerie Gienはいわゆるジアン陶器の工房と小規模美術館、B級品のショップがある場所で、ワタシ的には今回の旅の最高の目玉。土産も含めてあれこれ購入。
もー至福で息絶えそー(*⌒▽⌒*)

隣のAuchanで水など買って、ホテルに向かう。
ネットで適当に見つけて予約したHotel Anne de Beaujeauは、英語のまったく通じない、なぜだかそこら中の電灯を消しまくって真っ暗なところだった。
部屋は一泊だからガマンできるレベルの、ただ寝るだけユーズ。
夕食はホテル隣のCote Jardin。ここが大当たり!こう言ってはなんだが、こんな田舎町にこんなに素晴らしい店があるとは!…ましてあのホテルの隣に(^^;)
デザートも素晴らしくて感動モノだったが、いかんせん量が多すぎて食べきれなかったのが痛恨の極み(T_T)

23時くらいに二人揃って沈没。


1/14 夜(現地時間)
ジアンにて


独仏冬紀行 2011 その5 - 2011.01.14 Fri

朝食後、小包を駅前の郵便局で発送。エアメイルでなくても二週間で届くというので55ユーロの普通便にする。
駅前でドイツ博物館に沈むという夫と別れ、TRAMと名を変えたStrassenbahn(市電)でアルテ・ピナコテークへ。
ミュンヘンは学生時代に夏休みの語学研修や新婚旅行やらで四回目なので、目をつむっては無理だが、どう動けばいいかはだいたいわかる。
…でもケチ夫には「1万円以上のお買い物はメール連絡」とクギ刺されました(´Д` )

さて市電を降りてピナコテークに到着してみると、入り口前に人が溜まっている…?
…ふつーこういうとこって9時からやってると思うやん( ̄◇ ̄;)
ところが無情にも開館は10時。重厚なドアの前でエクスカーションの小学生たちと一緒によい子で待つ。
やがて開かれた中に入り、ロッカーにコートと傘を預けてからチケットを買う。ついでにフロアプランをもらって、まずは展示内容を確認。
と言ってもここはルーブルほどは巨大じゃないので、いい加減に回ってもちゃんと全員の展示物を見れる。
しかし学生時代に語学学校に来た時さんざん通ったが、あらためてすごいとこだなと。
ワタクシ的至福ポイントは、ラファエロ三連チャン。しばらく前を動けなかった。…あぁワタシ、ここで寝たい\(//∇//)\

じっとり堪能していたら、そろそろ夫との待ち合わせ時間が迫っていたので、エクスカーションの学生たちで満員の市電とS-bahnを乗り継いで、マリーエン広場へ。
本屋の入り口で夫と落ち合って、市場のシーフードデリ、Nordseeで立食。
お互いまだ時間もあるし、お茶しようと
スタバを目指す途中で、ふと思い立ってDallmayerのカフェへ行き先変更(笑)
ケーキケースの前で悩んでいたら、ジャン・レノとカーネル・サンダースを足して二で割ったオジサマウェイターに「アプフェルシュトゥルーデルがおいしいよ」とニヤリと言われた。素直に言われた通りにした功徳か、果物の味をそのまま閉じ込めたように大変美味でございました。

ドイツ博物館交通別館に向かうという夫と再び別れ、ワタシはダルマイヤーでお土産のチョコを買い込み、裏通りをてれてれ歩いて、フラウエン教会へ。
外観に比して内部が地味なこの教会に来るのは、学生時代以来ン十ン年ぶりだが、何も変わっていない。アルテ・ピナコテークで二次大戦直後の写真ハガキを買ったが、辺りが焼け野原だったその頃も二本の尖塔はしっかり立っていた。

デパートや路面店を冷やかしながら中央駅近くまで歩いてきたら、ホテルのほんの近くにスタバを発見。コーヒーを買って荷物を抱えて、雨の中、傘もさせずにホテルに戻る。
コーヒーを啜りながら明日以降の荷造りをしていたら夫も戻って来た。
6時になった頃、ミュンヘン最後の夕食を取りにSpartenhausへ。日本でもたまに見かけるようになったSpartenビールのビアホールである。これでミュンヘンの有名ビアホールは制覇したと、夫はご満悦(笑)

ホテルに帰って来て、荷造りの続きをして、ようやく目処がついたと爪の手入れをしているうちに、夫はお休み。
ワタシもマニキュア乾いたら寝ます(-_-)zzz

1/13 22:55
ミュンヘン最後の夜

独仏冬紀行 2011 その4 - 2011.01.13 Thu

…もう諦めた(T_T)
そんなワケで今朝も4時半過ぎに目が覚めた。

夫も起きてしまったので、今日の行動計画をディスカッション。
昨日は疲れきっていたので、今日はミュンヘン市内でたらたらしようかと言っていたが、元気回復してきたのでやはり当初予定通りレーゲンスブルクにexcursionに行くことにした。

いろいろ質低下でお粗末になってしまったホテルだが、ブュッフェの朝食だけは種類も多く、味も悪くない。
サーモン、チーズ、ヨーグルトにハムとたっぷり食べて、本日のエネルギーを補給。
8時にHbfに向かい、チケットベンダーでレーゲンスブルク行きの往復劵を購入する。

Munchen HBF(Linie26/ALX84104)8:44→(1:33)→Regensburg HBF(Linie 5) 10:11

駅前通りをライン川に向かって真っ直ぐ歩いて行くと、旧市街の端をかすめてDomことSt.Peter's Kircheの尖塔が見える。
それを目印にドーム広場に出ると、目の前に巨大なゴシック建築の教会が現れる。
中に入ると、自分が12世紀の人間になったような錯覚に囚われる。
ゴシック教会のステンドグラスは、シャルトルブルーやノートルダムの赤など、色彩が印象的なものが多いが、ここは色調はむしろ地味だ。それよりもまるでモザイクのような細かい模様が素晴らしい。
ホント、こういうところに来ると、歌を歌いたくなって困る。
…って、こっそり小声で「O Come, O Come Emanuel」歌っちゃったけど(^^;)

現在も普通に人や車が行き来する中世の石橋を見に行くと、先日来の大雨で増水したライン川はものすごい水量と激流で、なのに川岸には「Hochwasser(増水)」の看板があるだけで、濁流の縁まで行ける。
あまりの流れに避難しているらしいカモたちと戯れるも自由(笑)
その濁流のすぐそばのHistorisches Wurstkuhl(歴史的ソーセージキッチン)という小さな店で、観光客向けのやたら高いソーセージとgl"uhwein(ホットワイン)、ビールをおやつ代わりにつまむ。

その後も旧市街をあちこちめぐったりデパートの食堂でチップ不要の気楽な軽食を食べてから、レーゲンスブルクを離れた。

Regensburg HBF(Linie 8/ALX84113)13:46→(1:22)→Munchen HBF(Linie26)15:15

帰りの電車でミュンヘン市内に入ったあたりで、もうもうと立ち上る黒い煙を目撃。火事らしい。消防車と救急車が青いライトを回転させ、道路は乗用車がひしめき合っていた。同乗の他の乗客たちも物見高く騒いでいた。

無事ミュンヘン到着。買い物が増えてきたので、郵便局で小包パッケージを買い、ついでに料金も教えてもらう。
ドイツの小包郵便物はいまやDHLが牛耳っている。あの懐かしい黄色地に黒いホルンのマークは、郵便局の看板と収集車くらいでしか見当たらない。可愛いんだけどなーあのマーク。文房具とかについてるの(・д・)

そのパッケージを一旦ホテルに置きに行ってから、再び外出。姪2に頼まれたBIRKENSTOCKを探し回るが、先日来6、7軒回っているにも関わらず、一番ポピュラーなタイプにも関わらず見つからない(-_-;)
おそらくミュンヘン市内で一番BIRKENSTOCKを揃えているだろう店ですらないと言われた。
これはもう諦めてもらうほかはない(T_T)

夕食はResidenzl platzにあるZum Fraziskanerへ。ムードのよいビアホールで、小綺麗なせいか、外国人が多いようだ。
ソーセージの盛り合わせとレバーケーゼ、魚のすり身のようなフシギな団子が入ったスープをオーダー。
運ばれてきたスープを見た夫、「なんかおすましみたいだねえ」…たしかに見た目は魚のしんじよのおすましそのものだ(笑)

部屋に戻って発送予定の荷物をパッケージに詰めたら電池が切れて、ベッドの上でiPhoneをいじる間もなく手に持ったまま沈没(´д`


1月12日 (書き終わったのは13日7:20)
ミュンヘンにて

独仏冬紀行 2011 その3 - 2011.01.12 Wed

またもや朝4時半には起き出した。どうも眠りが浅いのが困りものだ。
それならと早めに荷造りしてしまう。
今日はこのホテルをチェックアウトして、近くのDrei Loewen(3匹の獅子)に移るのだ。
荷物だけディポジットして、Hbfに向かい、スタンドで朝食を食べてからスタバでお茶タイム。
そして列車は定刻に出発した。

Munchen HBF(L18/ICE690)8:24(Wagen7/83,85) → Ulm HBF 9:49
Ulm HBF (L1/6nord IRE3226)10:00→(1:59)→ Giengen(Brenz)L2 10:23

降り立ったギーンゲンは小さな田舎町。駅前に駅カフェがあるだけの寂しいところに来たワケは、ここが世界有数のぬいぐるみメーカー、シュタイフのお膝元だからである。
創業者マルガレーテ・シュタイフの生家、工場、修理工房の他に、夏になると全世界から観光客が押し寄せるミュージアムがある。
しかしこの冬場、ワタシたち以外に朝から押し掛ける客は、身障者とヘルパーの一団の他にはなく、のんびりゆっくり館内展示を堪能した(笑)
その後は当然ショップに行くワケだが、一応ミュージアムショップをチェックしてから、少し先にあるアウトレットに突撃するワタクシたち。
おかげでお安く欲しかったクマさんたちを手に入れることができた(^O^)

普段ミュージアムに戻って、館内レストランでセルフの食事を取ってから、駅に戻ってミュンヘン市内に帰る。

Giengen(Brenz)(L2 IRE3229)13:32 → Ulm HBF(L7)13:54
Ulm HBF(L2/ICE595 7-85,86)14:08 →(2:08)→ Munchen HBF(L14)15:33


ディポジットした荷物を受け取り、ズルズル引きずって2ブロック東のホテルDrei L"owenへ。
いろんないきさつがあって、メリディアンは一泊だけ、あとの三泊はここという変則的な投宿となってしまったのだ。
実はこのドライ・レーヴェンは新婚旅行でお泊まりしたので、つい懐かしくて19年ぶりに予約を入れたのだが、やはり思い出は思い出のまま、美しいものとして置いておけば良かったと、夫婦揃ってため息を吐く羽目になってしまった。
あの当時から四ッ星だったが、いまはその価値はない、とワタシたちは感じた。

気を取り直して街へ出掛けた。甥姪たちへの土産を探しまわって疲れたし、お腹も空いてきたので、ちょっと早いが夕食を取りにたまたま通りがかったAugstiner Bierhalleへ。
ビールは昨日よりこっちが
旨いよね、などと言いつつ、定番のドイツ料理を片付ける。
ほどよい酔いを抱えて帰った部屋だが、やはりなんだか落ち着かず、荷解きもはかどらない。
その間に夫は沈没。ワタシも23:30には眠り姫じゃーっ!(´▽`)



1月11日 23:30(現地時間}
ミュンヘンにて



独仏冬紀行 2011 その2  - 2011.01.11 Tue

独仏冬紀行 2011 その2


時差のせいか思いの外高めだった暖房パネルのせいか、何度となく目を覚ましながらうとうとし続け、結局4時半に起き出した。
荷造りしながら身仕度して、5:50にはチェックアウト。
再びCDGVALでTerminal2へと向かう。
今日は2Dからミュンヘンへ。

早めにチェックインして早朝からオープンしているカフェで朝食と目論んでいたのに、一つゲートをくぐらなければチェックインできないとは大誤算。
おかげでスタンドでイマ3くらいのカスクルートとコーヒー(cafe cream)と相成った。

ミュンヘン便の機体はA320。懐かしいエールフランスの青シートである。短時間フライトだが、こっちの方が座面が大きくて座り心地がいい。
優雅で挙措の美しいパーサーのお兄さんがサーブしてくれるクロワッサンもおいしかったし、日本便よりはるかにホスピタリティは上。
…コーヒーはネスカフェだったし、お兄さんはやっぱりハゲてたけど。

ミュンヘン フランツ・ヨーゼフ空港に到着してみたら、なんと吹雪いていた。
先日の寒波で積もった雪を除雪した泥雪の山が滑走路の横に延々あったりして驚く。
しかし思ったほど寒くなくて、みぞれまじりの中を、ルフトハンザバスで中央駅へ。
駅構内を突っ切って、南側のBayerstrasseに出る。
今宵の宿はLe Meridian Munchen。
荷物をディポジットしてから、いよいよ街へ出る。


Hbf(中央駅)のチケットオフィスで、明日のGiengen行きの予約をし、MVV(ミュンヘン都市交通網)のweeklyチケットを買って、S-bahn(近郊電車)で繁華街のMarienplatz(マリーエン広場)へ。
エスカレーターを上がるとそこには懐かしいNeues Rathaus(新市庁舎)。
雪から小雨に変わった中をViktualien Markt(市場)へ歩く。

市場と言ってもここは常設の飲食店が並ぶ買い食いスポット。
学生時代からご愛顧(笑)のスタンドで、こんがり焼いた皮付きハムを挟んだパンを買う。
たっぷりの肉汁と甘味のある脂身がめちゃうま♪(*´▽`*)
一通り市場を巡って、次は新婚旅行の時に来たNordseeであれこれ迷って、エビのカクテルとイワシのマリネと焼きじゃがいも(いわゆるジャーマンポテト)と白ワインを夫とシェア。カウンターテーブルの向かいで食べていたおじいちゃんは、「それで足りるのか?」と言わんばかりにこちらを気にしていたが、「たっぷりハム食べたあとなんですぅ~」と自己申告するワケにもいかない。

さてお腹もくちくなったので、街歩き再開。
ミュンヘン旧市街は大規模店舗が少ない代わりに小さいデパートがあちこちにある。
面白かったのはManifactrumという、ハンズとIKEAとDIYショップが一緒になって、ナチュラル志向40%増し、てな感じの店。やはり規模は小さいが、商品展開もディスプレイも、ちょっとドイツでは見かけないタイプだ。
その他Dalmayerの本店やらWMFやらを覗いてお土産を物色し、歩き疲れて腰が痛くなってきたので、ちょうど近くにあったスタバでお茶タイム。
ドリップコーヒーのトール1.80ユーロ。やっすい。
Wintertraumというチョコケーキは3.50ユーロ。
店内は満席だったので、小雨けぶる中テラス席(って単なる外席だけど)で寛ぐ。…寒くなくてよかった…( ̄。 ̄;)

ちょっと元気回復したところで、再びMarienplatzに戻って、Kaufhofというデパートへ。
ここはデパートとしてはさほど高級感はないが、夫にとってパラダイス(笑)なんとなれば、Steiffとmarklinが一カ所でこれほど充実しているところは他に知らないからである。クマチェックと電車チェックに余念がない。
しかし明日朝にメリディアンから近くの別のホテルに移動する都合上、いま大きな荷物を増やすのは得策ではない。明日以降にまた来ることにして、今日はおとなしく撤退する。

再びS-bahnでホテルに戻って、しばらく休憩したのち、夕食を取りにまたもやMarienplatzへ。
市庁舎の真横にあるDniselというビアホールに入る。
ヌードルスープ、焼きソーセージ、生ハムにビールをシェア。

店を出ると、市庁舎前広場は霧で真っ白。まだ21時だというのに人通りはない。これ幸いと写真を撮ってからホテルに戻る。
ダルマイヤーのトリュフを買ったことを思い出して、慌てて駅構内のスタバまでコーヒーを買いに行く。
チョコまで食べたら夫は酔いと疲れと暖まった身体で睡魔に勝てずに沈没(笑)
ワタシはお風呂に入って髪乾かして荷物の整理をしてからこれを書いているが、そろそろ限界(=.=)


1/10(月)0:25(現地時間)
ミュンヘンにて



独仏冬紀行 2011 その1 - 2011.01.10 Mon

本日よりしばらくは、海外からの更新です。
覚え書き程度になるのは御容赦。


夫の勤続20年のご褒美に与えられた休暇はほんの3日ぽっち(*`Д´*)
トホホな旅の始まりです。
…いや、もちろんいっぱい有休くっつけて休み確保してもらったけどね?(・_・)

実に5年ぶりの海外なせいか、いろいろ感覚が狂って、計画も準備も遺漏やら手落ちやらでてんてこ舞い。
ホテルの予約日を間違ったり、ぎりぎりまで荷造り終わらなかったり、もうワヤざます(T_T)
もっともそれはワタシだけじゃなくて、当日朝トランク二つ引きずった夫は、エレベーターに乗り込む寸前に、手荷物のリュックを家に置き忘れてきたことに気づきました(笑)

ちなみにワタシはバックと機内持ち込みの大きめトートとキャビントロリー担当。
冬場の二週間の旅となると、一年中で一番荷物が多くなります(-_-;)
ましてこの冬のヨーロッパは、下手をすると空港もクローズになりかねないほど例年にない寒波襲来で、ミュンヘンは-11℃なんて日もあったので、防寒対策は万全でなくてはと、普段の倍近い保温下着類を詰め込んであります。
…バケージドロップはかろうじて重量オーバーにならずに済みました(^^;)

定刻より10分早い12:25にテイクオフ。
久しぶりのエールフランスはデザインもシックに変わってました。
インターネットチェックインで早めに非常口脇の座席を確保したおかげで、用もないのにしょっちゅうギャレーにやってくる乗客たちの様子を面白く眺めながら、幾分楽に12時間強のフライトを過ごせました。…でも腰も脚も肩もバリバリです(T_T)


今夜はシャルル・ドゴール空港泊まりで、明日朝早い便でミュンヘンに行きます。

ばんごはんは空港ビジホのプロモーションの超やっすい部屋で、関空で買ってあったおにぎり二個と水、というショぼいメシ(´Д` )
渡欧後最初の食事がコレ…とほほな幕開けざます。

写真付きの詳細旅行記は、帰国後にまとめるつもりですので、そちらもお楽しみに~(*⌒▽⌒*)

ではおやすみ。


1/9(日)19:32(現地時間) 
パリ シャルル・ドゴール空港にて

う~たのちぃから~♪ - 2011.01.04 Tue

             
             
この年末年始は、秋くらいから始まった我が家的繁忙期と重なって
実に忙しなく過ぎていってしまった。
…いや、ほんと家庭のこまごました案件ばっかりだったんですけどね。
楽しいことも多かったし。

10月末に信州、11月半ばに埼玉、12月初旬に東京と小旅行が続き、
クリスマス前にはクレモンティーヌのライヴに行き、
妹親子が実家にやってきて帰り、病院2軒に行き、
慌てて大掃除をしてお節をちょこっと作り、初詣に行って、
実家で新年祝いがあり、義姉宅と墓参りに行って、
翌日にはもう夫は仕事始めでした。

110104.jpg

お正月花も、ちょっと変身。
…いや、墓花ちょっと買いすぎたんで持って帰ってきた(爆)
あれですな、花市場休みだから、ろくな花売ってない中で、
なんとか選んだのはヒペリカム(小坊主弟切)の赤い実と、
黄色地に赤の覆輪のカーネーション。
…墓にはどうだって気もしますが、まあいいことにした。
だって菊なんて一本もなかったんだもん…。



そして現在。
このあとまた大きなイベントがあるので、
その準備に追われております。



ま、そんな感じでしたので、年末年始のTVは録り溜め。
ほとんどリアルタイムで観られませんでしたorz
じゃーなんでネトゲやってんのさ、って感じですが、
あれは隙間にちょこっとできるからいいんだよ!( ̄▽ ̄;

んで、今になってその録り溜めたヤツを観てるんですが。
紅白歌合戦、すごいですね。
いやー小林幸子のセットはもういいんだけどさ(笑)

数年前の紅白で、その年の大河ドラマ『風林火山』で
上杉謙信を演じたGacktが、まんま謙信のコスで『Returner』を歌った時は
「お…お館さまあぁぁぁあ(;∇;)」と感動したけど、
以降『篤姫』『天地人』と、兼ミュージシャンが主役級を演じることがなく、
しばらく紅白演出家はネタに困ったことでしょう。



で、今年。
さすがに福山くんに龍馬の格好をさせて歌わせるわけにはいかず、
捻り出してきたネタは「断髪式」(笑)
しかも岩崎弥太郎役だった香川照之まで引っ張り出してとはねー。
最初、「また切られます」と言っていたので、まさか超ましゃファンでもあり、
実際に『龍馬伝』で龍馬を斬った今井信郎役でもあり、
前述『風林火山』で信玄役だった市川亀治郎を出してくるかと
一瞬思ったんだけどね(^^;

ちなみに福山氏のバックでヴァイオリンを弾いていたのは
この『道標』がテーマ曲になっているNewsZEROのキャスターでもあり、
オリジナルでも弾いていた宮本笑里。
最初、長い髪が映った時、「あっ絶対笑里ちゃんだ!」と思ったら
キャプションが出てきた。
紅白司会だった嵐の櫻井翔くんもZEROのキャスターの一人だけど、
この二人のことは敢えて紹介されてませんでした。
他局のドラマのことは話題に出てたのにー(笑)

福山氏とともに「アミューズの二大エロ」と呼ばれる桑田佳祐の復活を、
紅白で実現できたのは、まあNHK的に美味しかったんだろう。
桑田氏の回復は本当によかったし、
治療によるやつれも表面上は見えなかったから
たぶん予後は順調なんだろうとわかったのは嬉しいけど。
このあたりはいかにもなあざとさなんだよなぁ。
あそこで復活ぶちあげるのに『マンピーのG★SPOT』歌ったりすると、
桑田節炸裂で面白かったんだけどね。
まあ、DJ OZMAの例の騒ぎもあったから、NHKさんが許すとも思えないけど(笑)

あと、前評判通り印象的だったのは『トイレの神様』。
『千の風になって』もそうだったが、これもかなりあざとい演出
(歌がというより番組的に)なのはわかってるんだけど、
しかも何度も聴いて歌詞も知ってるのに、
ついじ~んとくるのはズルい。



しかし「この歌を聴いておばあちゃんに逢いたくなりました」
というコメントはどこででも読まれるのに、
なぜ「この歌を聴いてトイレ掃除をしようと思いました」
というコメントはどこででも読まれないんだろう(・_・) ←掃除したヤツ


              

あけましておめでとうございます - 2011.01.01 Sat

         
            
         
新しき年の初めはいや年に雪踏み平し常かくにもが
               万葉集 巻十九 四二二九 大伴家持


…いやほんと、平らかなる年であれかしと願います。
本年もどうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m


110101-1.jpgさてここ数年、我が家の大晦日は、
ちょっと早めの夕食時に年越し蕎麦
(海老天入り出汁そば)と松前寿司を食し、
その後、紅白の途中で家を出て
神戸の湊川神社へ二年参りに行くという
スケジュールとなっております。
そんなわけで今年もカウントダウンは楠公さん(楠木正成公)と共に迎えました(笑)


110101-2.jpg
今年の御籤は末吉なり。
「名を取るより徳を取れ」がつい「得を取れ♪」
に見えちゃった煩悩まみれのワタクシです。
…うん、それよりワタシが並んだ列の巫女さん、
可愛かった(* ̄∇ ̄*)


110101-3.jpg110101-4.jpg110101-5.jpg

で、例年通り清荒神鹿野さんの明石焼きをいただいてほっかほかになり
(今年は出汁がひときわ美味しかった)
夫はふと見つけた焼きラーメンなるものを食べると言い張り(笑)
…麺がちょっと微妙な感じでしたが、確かに豚骨の風味はありました。


110101-6.jpg元旦の朝。
今年はちょっとお節も手抜きモード。
…いや毎年そうなんだけどさ(-_-;)
結局作ったのは数の子と田作りと紅白なますと煮染め。


いや、煮染めがね…。
他の作業に没頭しているうちに梅生麩を煮すぎて、
気づいたら本来直径2.5cmくらいのものが8cmくらいに膨らんでまして。
火を止めたらもちろん萎むんだけど、萎みきれなかったようでね…(TT)
まあ、味は悪くなかったです。しくしく。


101231-1.jpg

お正月らしい室礼も、大したことはしなかったんだけど、
せめてお花だけでもね、と活けた若松と黄色い百合。
カルロ・ドルチ『受胎告知』の大天使ガブリエルと聖母マリアの絵葉書が
飾ってあるのだけれど、マリアの象徴物は百合だからいいことにした。

…ほんとは白百合のはずなんだけどね(爆)



             

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

いらっしゃいませ

このblogは
さくら通り
の1コンテンツです

今月のオシゴト

12 | 2011/01 | 02
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

最近の記事

最近のコメント

各記事下部の(CM)を
クリックすると
書込窓が現れます

月別アーカイブ

カテゴリー

リンク

過去ログはこちら

さくらが丘雑記(旧)

ご注意

管理人が不適切と判断した
書込は即刻削除します

ブログ内検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。