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新選組萌え旅 日野編 - 2016.06.05 Sun

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初めて新選組に出会った小学校5年生の時から、
ずっと行きたかった日野の新選組史跡を、ン十年目にしてようやく訪問。
もちろん昔はこんな立派な施設はなかったわけで、
昨今のブームと、自治体や子孫の方々の商業主義…
もとい、保存のための取り組みに感謝である。



160605-1.jpg
開館時間の問題から、まずは日野市立新選組ふるさと歴史館へ。
こちらは公的施設だけあって、さすがに展示物もそれなりに充実。
しかしまあ、立派な建物だこと。
これもふるさと創世事業とやらのおかげさまかしら。




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特別展では月岡芳年の錦絵に始まって、手塚治虫の『新選組』はもちろん、
懐かしい木原敏江『天まであがれ!』、間違いなく昨今のブームの原因のひとつ、
ゲーム・アニメに始まるメディア展開で大人気の『薄桜鬼』の紹介まであった。
館内で流れているビデオでは土方歳三の3D映像が新選組と彼の生涯を語り、
またその声がワタシの大好きな声優の森川智之だったりして、
目は展示物見てるのに、耳は持って行かれる(* ̄∇ ̄*)


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薄桜鬼等身大(たぶん)パネルの撮影は、踊り場にいた
沖田総司と風間千景のみOK。
中には藤堂平助と斎藤一がいたのに(T▽T)
…あれ?歳さんいたっけ…?(・_・;


160605-4.jpg

次に向かったのは、日野宿本陣。都内唯一の現存する本陣建築なのだそうだ。
日野宿の問屋と日野本郷名主を務めていた佐藤彦五郎が本陣兼自宅として使用していた。
佐藤彦五郎は、土方歳三の姉の夫、つまり義兄にあたる。
ここで新選組の母体である試衛館道場の出稽古が行われており、
近藤勇を初めとする試衛館の面々が何度も訪れている。
その後、佐藤家から宮崎家に所有が移り、その後宮崎家の経営する蕎麦店となっていたが、
平成15年に蕎麦店が移転し、こちらは本陣建築を伝える博物館となった。
…ここで歳さんが出稽古の合間に昼寝をしていた、なんて聞くと、
どこもかしこもうっとり見てしまうワタクシなのであった。


160605-5.jpg

畳廊下は建物中央部、本陣として使用されていた部分にあるのみ。
家人が私的に利用していた部屋は、襖でつながっている。


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夫「畳、ちょっと狭い…?」
そりゃあ、江戸間だもんね。

控えの間の柱の彫りがすごいのだが、なぜ上段の間じゃなくて
控えの間にこれだけの細工を施したのだろう?
ひょっとしてもとからあったのではなくて、どこかの御家中が暇に飽かせて彫ったとか?(^^;


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雪隠!
とこれほど堂々と書かれているのを初めて見た(笑)
でも書くなら逆からじゃない…?(´・_・`)

母屋の土台はコンクリートで修復されているようだが、土間のあたり?は土台が昔のまま。
石積みに木組み。すごいわ。


160605-8.jpg

日野宿本陣の裏手には、現在佐藤家が所有する集合住宅らしきものがあり、
その一部が佐藤彦五郎新選組資料館として公開されている。
展示物は大変少ない。主に歳三が義兄彦五郎に宛てた書簡や
形見分けとして贈った愛用品などである。
ここでのワタクシ的目玉は、トシさんの決意表明のお手紙。
「死ぬ覚悟はできてるぜ」みたいな内容で、三十過ぎて
こういうことを手紙に書いちゃう彼の青さと熱意が愛おしい(笑)


160605-11.jpg

資料館巡りの途中でお昼ごはん。
こちらのお店は以前は日野脇本陣(土方歳三の義兄旧宅)で営業されていた
日野館という蕎麦店。
日野館のご亭主は、佐藤家とお隣だった材木商の宮崎家のご出身。
昭和26年に本陣屋敷が宮崎家の所有になり、
昭和55年以降、材木商を継いだ長男氏、建築家だった次男氏、
蕎麦店を開業した三男氏それぞれの力で、本陣を保存していくことにしたのだそうだ。
しかし破損の心配もあったため、修理を経て
平成16年に日野宿本陣として一般公開されることになった。
それに伴い、日野館は市役所の近くに移転したそうだ。

なかなか美味しいお蕎麦だったけど、天せいろの天ぷらが巨大海老1尾だったの(´・ω・`)
ビンボー症(性、じゃないとこがなんとも)なうちら夫婦、
こんなことなら単品でお野菜天ぷら頼めば良かったとガッカリ(´Д`)
いや海老も大変美味しゅうございました。


160605-9.jpg

そして今回いちばん行きたかったのが、日野バイパスのすぐ近くにある土方歳三資料館。
こちらは今でも土方家の人々がお住まいになっておられる場所で、
立派な門を入った奥の一角で、歳三ゆかりの品々を並べて資料館を開館している。

…まあこちらも展示物はそれほど多くない。
でもそれこそ小学生の頃から生で見てみたかった、歳三こと豊玉宗匠お手書きの
恥じらいバクハツ❤『豊玉発句集』!(*/∇\*)キャ
そしてトシさんの愛刀、和泉守兼定…の、刀身展示はGWに終わってしまったので、拵え。
萌え萌え萌え~~~(*´∀`*)
…いや刀身見たらもっと萌えるけど。


160605-10.jpg

そこから徒歩で10分ほど。
石田寺(せきでんじ)までの道のりは
「土方」さんと「圡(土にてん)方」さんのお家がいっぱいだった。
「ひじかた」一族、その縁戚や遠い子孫たちがたくさんお住まいらしい。
石田寺の境内にある墓地も、土方だらけ(笑)まあそうだろう。
こちらは近くにある高幡不動(金剛寺)の末寺らしい。
なので、土方家の菩提寺はほんとうはあちら。

こちらには明治100年、つまり歳三死亡の前年から数えて100年目に建てられた石碑がある。
そして歳三自身の墓石もあるのだが…もちろん彼はここで眠っているわけではない。
函館五稜郭での戦いで戦死したあと、遺体は昨今置き去りで話題の七飯町(当時は七飯村)で
荼毘に付され、碧血碑に合葬されたので、このお墓はカラ。
それでも参拝者が絶えない。
そこに~私は~いません~と歳さんが歌ったわけではないが、
泣くなら五稜郭か一本木関門にします( ; _ゞ )

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