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オールドノリタケとカノビアーノ京都
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2009/01/11(Sun)
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京都府文化博物館で行われている「ノリタケデザイン100年の歴史展」に行ってきた。
かつてテーブル・コーディネートについて囓ったことがあって、 今も食器には目がないワタシには、行かいでおくべきか!な今年の重要展覧会である。 いわゆるオールドノリタケと、そのデザイン画の展示は見応え充分で、満足しきり。 やーいつもながら絵はがきいっぱい買っちゃいました(^^; カードブックも併せて全部で51枚。 …ちと買いすぎ(汗) ことに貴重なデザイン画――というよりセールスマンブック(販促用図案集)は 金彩をふんだんに使い、盛り上げ技法も駆使して さながら本物の陶器の表面のように手描きされているのが素晴らしい。 1枚目の写真の折りたたみ式のカードブックは平面印刷だが、 本物はこれををそのまま大きくして、点描のような金盛が施されている。 単なるカタログというより、これだけで美しい絵画だ。 もちろん現物も数多く展示されている。アールデコスタイルのオールドノリタケには ラスター釉を使ったものが多いのだが、左はまさにその典型。 夫大喜びのアヒル鉢である。 右はワタシが気に入った明治・大正期のアール・ヌーヴォーの ウイスキー瓶。 ところで、皆様よくご存じの、お尻だって洗って欲しいTOTOこと東陶機器、 電力用碍子の日本ガイシ、プラグの日本特殊陶業、 青いバラの絵柄で有名な大倉陶園などは、 みな日本陶器(現在のノリタケカンパニー)から独立した企業で、 日本陶器の創業一族の名を取って「森村グループ」と呼ばれている。 明治時代創業の日本の企業の底力ってば、すごい。 機嫌良く見入っていたら、突然鳴り出す携帯音。 …しくった……マナーにし忘れてました(-_-;) 廊下に出て折り返し掛けた相手は父。 「今、淀屋橋(大阪)にいるんやけどー」 これから京都に来るので、ランチをどうだというワケだ。 休日の、しかも都道府県対抗女子駅伝で、あちこち道路規制だらけの街中の いったいどこで彼らを拾おうか呻吟した挙げ句、三条京阪で待ち合わせすることに。 ……おかげで展覧会の後半はすっ飛ばしてしまいました……(TT) ![]() 1時間後、両親と無事に落ち合って向かった先は、 三条京阪駅上にあるKYOUEN(←いきなり音が鳴りますのでご注意)。 ゴミゴミした三条の中に突然現れる静かな空間である。 ここに、かのイタリアンの名店、カノビアーノの京都店がある。代官山にある本店も東京店も行ったことないのだが、 京都なら近いから行けるかというと、そうでもなかった(^^; 無謀にも休日ランチに予約なしだったが、 席を作っていただいて、無事に入店。 一同、この名店に思いっきり普段着モードである。 ![]() 3000円のコースは、大根のポタージュからスタート。 まったりこっくり濃厚、しかしまったく脂っこくなく、 糖尿病の母のみならず、カロリーオーバーを気にしなければならない 全員の口を喜ばせる。 オーダーする時「お嫌いなものはありませんか?」と訊かれ速攻で「人参!」と言い放ってマネージャーに苦笑されたワタシだが、 生の人参はむしろ好き。 ツバスのマリネ 蕪のピューレと "金美・金時・紫・洋"人参のサラダは 人参の甘味と蕪の旨味が実においしい一皿だった。 カリフラワーと岩のりとカラスミのスパゲティーニ。カノビアーノはイタリアンにも関わらず、 にんにく、唐辛子、バター、生クリームを一切使わない。 このパスタもふんわり優しい味で、お皿に残った岩のりを パンで残らず綺麗に拭き取って食べてしまった。 ちなみに夫だけは羊肉のラグーソースと菊菜のスパゲッティーニ。 ![]() 父以外の3人のメインは、本日鮮魚(真鯛だった)のポワレ、 海老芋のスープ。 この海老芋のスープがまた!!旨いんだよぉぉぉ(;∇;) 父は愛知産豚バラ肉と豆類の煮込み。これもおいしそうだった。 ![]() 左上:母とワタシのドルチェ 一保堂のほうじ茶のアッフォガート。 右上:父の…忘れたけどエスプレッソの下に栗のチョコレートプリンが。 下:夫の塩キャラメルの濃縮洋梨ソースとチョコレートムース 胡麻のチュイル添え…だったかな。 ![]() 2Fのトイレに行く途中でふと見ると、こんなラウンジが。 右手奥にはバーカウンターがあって、 夜のウェイティングや食後の一杯も楽しそうだわん♪ 店を出る時、マネージャー氏と一緒にシェフも出てきて見送ってくれた。 二人ともまだかなり若い。 今の日本の飲食業界、ことに新しい店は、 こうした若手がどんどん出てきているようで、いいことだなと思う。 家に帰って調べてみたら、カノビアーノのオーナーシェフ植竹氏自身も ワタシと同世代で驚いた。 …あ…いや……もう若くないってことか……orz 食事の後、京都の街中をぶらぶらして帰るという両親と別れて、 ワタシたちは山科経由で醍醐方面へ。 …といっても、今は山枯れの桜を見に醍醐寺に行ったわけではなく、 近くにある平重衡の墓を探しに行ったのである。 平清盛の五男、重衡は、1184年2月に起こった一ノ谷の戦いで源氏方に敗れて捕らえられ、 一旦鎌倉へ護送された。 その後、彼がかつて行った南都焼討に憤る東大寺衆徒に引き渡されて、 木津川河畔で斬首され、妻によってこの地に葬られた、と平家物語にはある。 …えーと詳細は裏をご覧下さい(^^; つまり萌えに行ったわけである――墓見て萌える女それはワタシ。 ![]() 古い住宅街にある市営住宅のど真ん中、 小さな公園――というよりも緑地に、三位中将重衡卿は眠っておられる。 椿の生垣には、少しばかりの花が彩りを添えているのでござる……。 中学時代に吉川平家で存在を知ってから、 5つ上の兄知盛卿とともにワタシの平家物語でのベストフェヴァリットな彼だが、 生前は牡丹に喩えられるほど優雅で酒脱だった彼の終焉の地が ここなのかと、まさに「ただ春の夜の夢の如し」の思いを強くするワタクシであった…… ……詩人。 ![]() その後、今度は神戸まで一気に走り、海岸ビルヂングへ。 フランス雑貨とモデルカーのガレージエイトで 夫が予約した2CVを引き取りに行く。 このお店は、リサガスも置いていたりして、ワタシもお気に入り♪ この写真は去年の2月のものです(^^; 中華街でいつも行く肉屋で、おいしいチャーシューを買い込み、ようやく帰路についた。 自宅到着は19時半。 こうして朝早くから出かけて遊び倒したワタシたちの一日は終わった。 |
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